彼女と食事ができたなら
その人は儚げで
ショートカットの頃の山口百恵みたいだった。
物静かで美しく、スタイルも整って華奢だった。
歳は34。
バリバリのキャリアウーマン。
管理職で男性達を部下に、上司からも一目おかれる女性だった。
10年以上前だから、当時「あ」は、ブームに乗りに乗ったこの業界で、スタッフの上の立場で私生活なく仕事に没頭していた。
彼女は「あ」に自分を重ねて、
「あ」なら、キャリアウーマンとしての仕事の醍醐味や自分の生き方や孤独や虚しさや…を共有できると思ったようだ。
彼女がバリバリ働くと「女だてらに」と言われた。
他人が羨むほど綺麗な独身の彼女への賛美であり、皮肉。
彼女は、口癖のように
「『あ』さんも」
と言っていた。
彼女から何度か食事に誘われたが、まだ客との距離感をつかめないのと仕事三昧だったため、応えなかった。
いつの頃からか、彼女が口にしない言葉が聞こえる気がしていた。
『さびしい』
…
『さびしい』
彼女は誰からも愛されて、1人で施術に来ることもないほど人に囲まれていた。
それなのに
『さびしい』
と、聞こえる。
無邪気に人に甘えたり自分の弱さを曝け出すことを嫌う、自己抑制のきく人だった。
やがて、彼女は大病をして逝ってしまった。
彼女と食事をしていたら…
店員と客ではない立場で話したら…
そこには、どんな彼女がいたのだろうか。
彼女と入れ違いに店に入ってきた客が
「あんな理想的な容姿の人がいるのね〜」
と、驚いていた。
「あ」が整体を初めて以来、女性客が見知らぬ女性客のことを褒めたのは、この時だけだった。