彼女と食事ができたなら

ノア

2010年05月22日 12:38

その人は儚げで

ショートカットの頃の山口百恵みたいだった。

物静かで美しく、スタイルも整って華奢だった。

歳は34。


バリバリのキャリアウーマン。

管理職で男性達を部下に、上司からも一目おかれる女性だった。


10年以上前だから、当時「あ」は、ブームに乗りに乗ったこの業界で、スタッフの上の立場で私生活なく仕事に没頭していた。


彼女は「あ」に自分を重ねて、

「あ」なら、キャリアウーマンとしての仕事の醍醐味や自分の生き方や孤独や虚しさや…を共有できると思ったようだ。


彼女がバリバリ働くと「女だてらに」と言われた。


他人が羨むほど綺麗な独身の彼女への賛美であり、皮肉。



彼女は、口癖のように

「『あ』さんも」

と言っていた。



彼女から何度か食事に誘われたが、まだ客との距離感をつかめないのと仕事三昧だったため、応えなかった。


いつの頃からか、彼女が口にしない言葉が聞こえる気がしていた。


『さびしい』



『さびしい』


彼女は誰からも愛されて、1人で施術に来ることもないほど人に囲まれていた。

それなのに

『さびしい』

と、聞こえる。



無邪気に人に甘えたり自分の弱さを曝け出すことを嫌う、自己抑制のきく人だった。


やがて、彼女は大病をして逝ってしまった。



彼女と食事をしていたら…

店員と客ではない立場で話したら…


そこには、どんな彼女がいたのだろうか。



彼女と入れ違いに店に入ってきた客が

「あんな理想的な容姿の人がいるのね〜」

と、驚いていた。


「あ」が整体を初めて以来、女性客が見知らぬ女性客のことを褒めたのは、この時だけだった。